
「え、タスマニアンデビルって何かのキャラクターじゃないの?」なんて思ったあなた、待ってました!
実はこのタスマニアデビル、タスマニア島のリアルな生物。そして島全体が、手つかずの自然と歴史的な遺産で満たされた楽園なんです。
今回はそんなタスマニア島を、「行ったつもり」で旅にご招待します。絶景と悪魔(!?)を堪能しましょう!
タスマニア島ってどんな場所?
「小さな島でしょ?」なんて思われるかもしれませんが、実際は北海道の7割ほどの広さを誇ります。一つの島としてはかなり大きいですよね! そんなタスマニア島に実際に行くにはちょっとした冒険が必要ですが、今回の「行ってきたつもりの旅」ならラクラクお手軽。そんなタスマニア島の秘密を、少し深掘りしてみましょう!
タスマニア島の自然と魅力
まずは自然の魅力から。タスマニア島は、世界遺産タスマニア原生地帯をはじめとする、手つかずの自然が目玉です。
・クレイドルマウンテン=セントクレア湖国立公園
雄大な山の風景と静寂な湖のコントラストが圧巻!「ダブリュー・オーバーランド・トラック」というトレイルは、歩くだけで心が洗われると評判です。

・フレシネ国立公園とワイングラスベイ
真っ青な海と白砂のビーチが織りなす絶景。ワイングラスベイの名前は、その湾の形状が由来です。 上空から見てベイ全体がワイングラスをひっくり返すような様子をしていることから名づけられました。

地図の端っこで出会う、唯一無二の冒険
タスマニアを今回取り上げた理由は、その美しい自然やユニークな野生動物が魅力だから、というだけではありません。この島には、他の観光地とは一線を画す物語が詰まっているからです。
タスマニア島は「楽園」と呼ばれるほどの自然美を誇りますが、その裏には先住民であるタスマニア・アボリジニの悲劇的な歴史が隠れています。
さらに、タスマニアは地理的に「地図の端っこ」に位置しており、それがまるで世界の隅に隠された宝物のように感じられるのです。 実際に行くのは無理でも、想像の中でその美しさと物語を楽しむ価値があると感じられます。
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タスマニアの自然が奇跡的に守られた理由とは?
・地理的な孤独が守った自然の宝庫
タスマニア島は約1億6,000万年前、オーストラリア本土から分離しました。その結果、島は孤立した環境の中で独自の生態系を育んできました。
島には世界でここだけに生息する動植物が多数存在します。例えば、タスマニアデビルやウォンバット、古代の樹木であるヒューオンパインなど。この孤立のおかげで、外来種の侵入や環境の破壊が少なく、世界でも稀な自然の宝庫となっています。
・人間の手が入りにくい厳しい環境
タスマニア島の自然が手つかずで残ったもう一つの理由は、島の地形と気候です。 急峻な山岳地帯や湿った地が多いため、農業や都市開発に適さない地域が認められています。トレッキングコースで知られるクレイドルマウンテンなど、人間がアクセスしにくいエリアが多いことで知られています。

太古の世界に浸る
タスマニア島の原生林を想像してみましょう。 数千年を生きるヒューオンパインの木々がそびえ立っています。風が通り抜ける音、そして足元にはふわふわの苔が・・・。
この森にいるだけで(想像上ですが)、なんだか「地球の歴史の一部」に触れているような気分になれます
【タスマニアの樹齢10500年の木】
Tasmania.com様の動画を共有させていただきました。ありがとうございます!
孤立した環境が生んだ「特別な進化」
・独自の生態系
タスマニア島は、約1億6,000万年前に本土から切り離されました。そこで独自の進化をしてきた動物達は今も健在。その代表格がタスマニアデビルです
小さな体で鋭い歯を持つ彼らは、かわいいけれども肉食動物。食事中の声がまるで悪魔の叫びのようだからこの名がついたとか。愛らしいです!
【タスマニアデビルの鳴き声】
sisimarumei様の動画を共有させていただきました。ありがとうございます!
・タスマニアタイガーの伝説が残る土地
タスマニア島にはかつてタスマニアタイガー(フクロオオカミ)と呼ばれる動物が目撃されていましたが、1930年代に絶滅したと言われています。それは今も伝説的な存在として語られています。
【タスマニアタイガーのカラー映像】
NFSA Films様の動画を共有させていただきました。ありがとうございます!
ブラック・ウォー:タスマニアの楽園に刻まれた悲劇
タスマニア島に人が住み始めたのは約6万年前とされています。氷河期の終わりに海面が上昇しオーストラリア本土から切り離された後も、タスマニア原住民はこの島で独自文化を築き狩猟採集を中心とした生活を営んでいました。
・入植者との衝突
しかし、19世紀初頭にヨーロッパ人がタスマニア島(当時はヴァン・ディーメンズ・ランドと呼ばれていました)に到着すると原住民の生活は大きく変わります。
1803年、イギリスが入植を開始した当初は囚人植民地として利用されていました。しかし、徐々に植民者の「開拓の対象」として利用され、地元住民は生活の場を追われました。
原住民にとっての生命線であったカンガルーやその他の野生動物は、入植者による記録探索や牧畜で激減しました。
・ブラック・ウォー
原住民たちは土地を守るために抵抗しました。これが後に「ブラック・ウォー」と呼ばれる深刻な紛争へと発展します。
植民者は銃器を使い、島全体で原住民を追い詰める「ブラックライン作戦」を実行しました。 この作戦により多くの原住民が命を落とし、残った人々も強制移住を余儀なくされました。 さらに、ヨーロッパ人の病気や文化的な抑圧も彼らを苦しめました。 この悲劇的な歴史はタスマニアの楽園に隠された記憶です。
・記憶を未来に繋ぐ:原住民文化の復興
しかし、原住民文化は完全に消え去ったわけではありません。現在ではタスマニア原住民の子孫たちが自らのルーツを見つめ直し、言語や伝統的なアート・工芸品の復興に力を入れています。タスマニアの木材を使った彫刻や、先住民の物語を基にしたデザインが注目を集めています。また、先住民の歴史を伝えるプログラムや文化体験で、失われかけた遺産を次世代に残そうという活動が行われています。
まとめ:楽園が語る未来への道標
タスマニア島はただ美しい景色を持つ楽園ではありません。その自然や生態系、そして歴史の向こうには私たちが学ぶべき重要な教訓が隠されています。
手つかずの自然は、地理的な孤立や厳しい環境から生じた奇跡のようなものです。タスマニアデビルやウォンバットのような動物たちが、それぞれの役割を持ちながら生態系を支えている様子は、人間社会の協力や共存の姿にも重なります。
また、楽園の影にはブラック・ウォーという悲しい歴史が刻まれています。 土地を奪われ、文化を破壊されたタスマニア原住民の悲劇は、現代に生きる私たちにとっても他人事ではありません。 現在では彼らの子孫が伝統を復興し、未来へ継承する努力を続けています。この姿は過去の教訓を学び、それを未来に活かすことの重要性を私たちに教えます。
タスマニア島は自然の力強さ、過去の教訓、未来への希望、そしてロマンを私たちに教えてくれます。この島は「自分たちの住む世界を」 「今後どのように守り」「未来に継承していくべきか」を考えるきっかけになるのではないでしょうか。

ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございます!さて、次に旅するのはどんな場所でしょうか?
もしかしたら「え、こんなところに?」と思う意外な穴場かもしれません。
次回の「行ったつもりの旅」では、また一緒に想像力の翼を広げて、新たな発見を楽しみましょう。
お待ちしています!
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