砂漠に横たわる巨大な石の像──
スフィンクス。
エジプト・ギザのピラミッドのそばで、
この像は何千年ものあいだ
静かに地平線を見つめ続けています。
けれどこの像は、
ただピラミッドのそばにある古代遺跡ではないのかもしれません。
一般には、
スフィンクスは約4500年前、
ピラミッドを築いたファラオの時代に
造られたと考えられています。
しかし一部の研究者は、
まったく違う可能性を指摘しています。
スフィンクスは、ピラミッドよりも古いかもしれない。
もしそれが本当だとしたら──
スフィンクスは、
エジプト文明より前の世界を
見ていたことになります。
しかも私たちはこの像を
「スフィンクス」と呼んでいますが、
この名前も古代エジプトのものではありません。
では、この巨大な像は
いったい何者なのでしょうか。
今回は、
歴史や科学の視点から
砂漠に横たわるこの巨大な謎を
少し違う角度から見てみたいと思います。
スフィンクスを造ったのは誰なのか──カフラー王説
では、現在の考古学では
スフィンクスはどのように考えられているのでしょうか。
最も一般的な説では、
この像は約4500年前、古代エジプトのカフラー王の時代に
造られたとされています。
カフラー王は、
ギザに並ぶ三つの大ピラミッドのうち
中央のピラミッドを築いた王です。

考古学では、この巨大な石像はカフラー王の時代に造られた可能性が高いと考えられている。
スフィンクスはそのピラミッドの前に
まるで守護者のように座っています。
さらに、スフィンクスの顔が
カフラー王の顔に似ているという指摘もあり、
この像は王を象徴する存在だったと考えられています。
ただし、ここで一つ
興味深いことがあります。
私たちはこの像を
スフィンクスと呼んでいますが、
この名前は古代エジプトのものではありません。
この巨大な像に
その名前を付けたのは、
ずっと後の時代にエジプトを訪れた
古代ギリシャ人でした。
では、古代エジプト人は
この像を何と呼んでいたのでしょうか。
その名前は
ホルエムアケト。
意味は
「地平線のホルス」です。
夢の石碑が語るスフィンクス
スフィンクスの前足のあいだには、
一枚の石碑が立っています。
これは「夢の石碑」と呼ばれるもので、
古代エジプトのファラオ
トトメス4世によって建てられたものです。
時代は紀元前1400年ごろ。
ピラミッドが建てられた時代より、
1000年以上あとになります。

この石碑は古代エジプトのファラオ、トトメス4世によって建てられたもので、
スフィンクスに関する有名な夢の伝説が刻まれている。
Photo: Chanel Wheeler / CC BY-SA 2.0
石碑の碑文によると、
若い頃のトトメスは狩りの途中で
この場所を訪れ、
スフィンクスのそばで眠ってしまいました。
そのとき夢の中で、
砂に埋もれたスフィンクスが語りかけてきたといいます。
「私を砂から解放してくれれば、
お前を王にしてやろう」
目を覚ましたトトメスは、
スフィンクスの周囲の砂を取り除かせました。
そして後に、
本当にファラオとなります。
この石碑から分かるのは、
少なくとも紀元前1400年の時点で、
スフィンクスはすでに
砂に埋もれた古い像だったということです。
きっかけは岩に残る奇妙な侵食
スフィンクスの体には、
ある奇妙な特徴があります。
それは、
岩肌に刻まれた侵食の跡です。

石灰岩には不規則な溝や削れた形状があり、水による侵食の可能性を指摘する研究者もいる。
Photo: Joshua Doubek / CC BY-SA 3.0
スフィンクスの体の周囲には、
縦にえぐられたような溝や、
丸く削れた岩肌が見られます。
一部の研究者は、
この形は砂漠の風ではなく、
水によって削られた可能性がある
と指摘しました。
もしそれが本当に
雨による侵食だとしたら、
話は少し変わってきます。
なぜなら現在のギザは、
ほとんど雨の降らない砂漠だからです。
ギザがまだ砂漠ではなかった時代
現在のギザは、
ほとんど雨の降らない乾いた砂漠です。
しかし地質学の研究によると、
はるか昔、この地域の気候は
今とは大きく違っていました。
およそ 7000年前から9000年前 の北アフリカには、
現在よりもはるかに多くの雨が降っていた
時代があったと考えられています。

現在は砂漠となっているサハラ地域にも草原や湖が広がっていたことが分かる。
Map by Ingoman / Oak Ridge National Laboratory Paleovegetation Project(Public Domain)
この時代、サハラ一帯には
草原や湖が広がり、
野生動物も多く生息していました。
いま私たちが想像する
「砂漠のサハラ」ではなく、
むしろサバンナに近い風景だったのです。
もしスフィンクスの侵食が
その頃の雨によって生まれたものだとすれば、
この像は
古代エジプト文明が始まるよりも前、
この地域がまだ緑の大地だった時代に
すでに存在していた可能性があります。
もちろん、この説は
現在の主流の考え方ではありません。
なぜこの説は主流ではないのか
スフィンクスが
ピラミッドより古いかもしれない──
この説はとても魅力的ですが、
現在の考古学では
主流の考え方とはされていません。
その理由の一つは、
スフィンクスの周囲にある神殿や石材が
カフラー王のピラミッド複合体と
強く結びついていると考えられているからです。

スフィンクスはこのピラミッド複合体と同じ建設計画の一部として造られた可能性が高いと考えられている。
Image: Robster1983 / CC0
また、
スフィンクスが造られたと考えられる岩盤の採石跡が
ピラミッド時代の建設活動と
関係している可能性も指摘されています。
つまり現在の研究では、
スフィンクスは
ギザのピラミッド群と同じ時代に
造られた可能性が高い
と考えられているのです。
それでもなお、
岩に残る侵食の痕跡が
「本当にそれだけなのか」
という問いを
研究者に投げかけ続けているのも事実です。
ライオンの体と小さな頭──失われた顔の可能性
スフィンクスをよく見ると、
あることに気づく人もいます。
それは
体に比べて頭が小さいという点です。

このバランスから、もともとは完全なライオン像だったのではないかという説も語られている。
全長およそ73メートルの巨大な体に対して、
頭部はやや小さく見えます。
このため一部の研究者は、
もともとは違う姿だった可能性を
指摘しています。
つまり、
最初は人の顔ではなく
完全なライオンの像だったのではないか
という考え方です。
後の時代になって、
王の顔に彫り直されたという説です。
実際、スフィンクスの頭部は
体よりも硬い岩でできており、
侵食の状態も少し違うことが知られています。
もちろん、この説も
はっきりと証明されているわけではありません。
もしスフィンクスが本当にもっと古いのだとしたら
もしスフィンクスが
ピラミッドよりも古い時代に造られたのだとしたら──
この像の意味も少し違って見えてきます。
スフィンクスは、体に比べて頭が小さく、
後の時代に顔が彫り直された可能性も指摘されています。

この顔が後の時代に王の姿へ彫り直された可能性を指摘する研究者もいる。
もし最初の姿が
人の顔ではなく、
ライオンそのものの像だったとしたらどうでしょう。
スフィンクスは今も
東の地平線、つまり太陽が昇る方向を
まっすぐ見つめています。
古代エジプトでは、
ライオンは太陽や王の力を象徴する動物でした。
もしこの像が
春分の日の太陽を意識して造られていたとしたら、
それは東から生まれる太陽を見守る
巨大なライオン像だったのかもしれません。
そして後の時代に
その顔が王の姿に彫り直されたとすれば、
太陽を見守るライオンは
やがて太陽と結びついた王の象徴へと
意味を変えていった可能性も考えられます。
もちろん、これはまだ仮説の一つです。
しかしスフィンクスには、
そんな想像をしてみたくなるほど
多くの謎が残されています。
古代エジプト人にも謎だったのかもしれない
「地平線のホルス」という名前が確認できるのは、
紀元前1400年ごろ、トトメス4世が建てた石碑からです。
その頃、スフィンクスは砂に埋まり、
顔だけが地表に現れていた可能性があります。

発掘前の状態で、体の多くは砂に埋もれている。足の間にはトトメス4世の「夢の石碑」も見える。
Photo: Félix Bonfils, 1875–1877 / Wikimedia Commons (CC0)
この見方に立てば、
当時の人々が見ていたのは
巨大な体ではなく、
東の地平線を見つめる顔だけの像だったのかもしれません。
さらにスフィンクスの顔は、
ピラミッドを築いたカフラー王に似ている
とも言われています。
仮にそうなら、
少なくともトトメス4世の時代には
すでに現在のような人の顔の姿になっていたことになります。
しかし、この像がそれよりさらに古いものだとしたら、
もともとはライオンの像で、
後の時代に王の顔に彫り直された
という可能性も想像できます。
だとすれば、
後の古代エジプト人にとっても
この像の本来の意味はすでに失われ、
東の地平線を見つめる姿から
「地平線のホルス」
という名前が与えられたのかもしれません。
もちろんこれは仮説にすぎません。
しかしスフィンクスが長い歴史の中で
何度も砂に埋もれてきたことを考えると、
古代エジプト人にとっても、
スフィンクスは「受け継がれた聖なる像」であって、
その始まりはすでに遠い過去だったのかもしれません。
結論──スフィンクスが見つめてきた時間
スフィンクスは、
世界で最も有名な石像のひとつです。
しかし、その正体は
今も完全には解き明かされていません。
ピラミッドの時代に造られたのか。
それとも、もっと古い存在なのか。
かつてはライオンの像だったのか。
後の時代に王の顔が刻まれたのか。
確かなことは、
この像が何千年ものあいだ
同じ場所で東の地平線を見つめ続けてきた
ということだけです。

何千年ものあいだ、この場所から歴史の移り変わりを静かに見つめてきた。
王国が生まれ、
文明が栄え、
そして消えていく。
そのすべてを、
スフィンクスは
静かに見つめてきました。
スフィンクスの魅力は、
謎がまだ残っていることそのものにあるのかもしれません。
答えを語りきらないまま、
この像は今日も東の地平線を見つめています。


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