国境といえば、
普通は地図の上に引かれた一本の線です。
山脈や川を境にして、
こちらがこの国、あちらが別の国。
そんなイメージを持つ人が多いでしょう。
ところが世界には、
その国境が 道路の上を横切り、家の中を通り、レストランの床をまたいで続く町 があります。
一歩踏み出せば別の国。
テーブルの向こう側は外国。
そして、家の玄関の位置によって国籍が決まる家まで存在します。
そんな少し不思議で、どこかユーモラスな町が、ヨーロッパにあります。
それが
バールレ。
オランダとベルギーの国境にあるこの町は、
世界でもっともややこしい国境の町として知られています。
今回は、そんな不思議な町を
椅子に座ったまま歩いてみましょう。
一歩ごとに国が変わる、
少し変わった「国境の旅」のはじまりです。
世界一ややこしい国境の町
バールレの地図を初めて見ると、
多くの人はこう思うはずです。
「これは国境というより、パズルでは?」
この町では、
ベルギー と オランダ の領土が、
まるでモザイクのように入り組んでいます。

世界でも特に複雑な飛び地の国境として知られている。
Source: Wikimedia Commons (CC0)
オランダの町 バールレ=ナッサウ の中に、
ベルギーの町 バールレ=ヘルトフ が点在し、
さらにそのベルギー領の中に、
小さなオランダ領が入り込んでいる場所まであります。
その結果、この町には
- ベルギー領の小さな飛び地
- その中にあるオランダ領
といった、まるで入れ子のような国境が存在します。
もちろん、地図の上だけの話ではありません。
その国境は、実際の町の中にもそのまま引かれています。
道路の上には白い十字の印が描かれ、
それが 「ここから先は別の国」 という境界線を示しています。
観光客は、その線をまたいで写真を撮りながら、
こう実感することになります。
「本当に、一歩で国が変わるんだ。」
道路に描かれた国境
バールレの町を歩いていると、
ふと足元に 白い十字のマーク が描かれているのに気づきます。
それはただの模様ではありません。
その線こそが、
オランダとベルギーの国境です。

白い十字のマークとB(Belgium)、NL(Netherlands)の表示で国境が示されている。
Photo: Quahadi / Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0)
多くの国では、国境は川や山など、
自然の地形によって区切られています。
しかしこの町では、国境はまるで
道路に描かれた線のように町の中を通っています。
そのため、歩いているだけで
気づかないうちに国境を越えてしまうこともあります。
観光客の多くは、その白い印を見つけると
線の上に立って写真を撮ったり、
片足ずつ別の国に置いてみたりします。
ここでは、
パスポートも入国審査も必要ありません。
ただ一歩踏み出すだけで、
別の国に入ることができるのです。
家の中を通る国境
バールレの国境は、道路だけでは終わりません。
ときにはその線が、家の中まで入り込んでいることがあります。

バールレでは建物の前や中を国境が通る場所もある。
Photo: Quahadi / Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0)
実際にこの町には、
床の上に国境線が引かれ、
建物の中で国が分かれている家や店が存在します。
例えば、
- 玄関はオランダ
- リビングはベルギー
といった建物もあります。
カフェやレストランでは、
テーブルの上を国境が通っている場所もあり、
座る席によって国が変わることもあります。
もっとも、この町では日常生活の中で
国境を意識する場面はそれほど多くありません。
それでも、ふと床を見ると、
一本の線が静かに通っています。
その線は、地図の上だけのものではなく、
人々の暮らしの中を横切っている国境なのです。
この町のルール
バールレでは、家の中を国境が通ることも珍しくありません。
では、その家は どちらの国の建物になるのでしょうか。
この町には、少し面白いルールがあります。
それは、
「玄関がある国が、その建物の国籍になる」
というものです。
たとえ建物の途中を国境が横切っていたとしても、
正式には 玄関がある側の国に属することになります。
そのため、この町では、
建物の改装や建て替えの際に
玄関の位置を変えるということが起きることもありました。
なぜなら、
国が変われば
- 税金
- 営業のルール
- 店の営業日
などが変わることがあるからです。

バールレでは店の前や建物の中を国境が通ることもある。
Photo: Jérôme / Wikimedia Commons (CC BY-SA)
実際、かつては
オランダとベルギーで店の営業ルールが違ったため、
玄関の位置を動かして国籍を変えた店もあったと言われています。
この町では、
家の壁や道路の線が国境を示しています。
けれど、本当に国を決めているのは
たった一つの玄関なのです。
なぜこんな国境になったのか
では、なぜバールレでは
こんなにも入り組んだ国境が生まれたのでしょうか。
その理由は、中世の土地の所有関係にさかのぼります。
この地域では、かつて
いくつもの領主や貴族が土地を分け合って支配していました。
土地は一枚のまとまった領地ではなく、
小さな区画ごとに所有者が違うことも珍しくありませんでした。
やがて時代が進み、
現在の
ベルギー と オランダ
という国家が成立したとき、
それぞれの国は 昔の領地の境界をそのまま国境として引き継ぐことになりました。

Map: Frederik de Wit / Dirk Jansz van Santen(Public Domain)
つまり、この町の国境は
地図の上で新しく引かれたものではなく、
何百年も前の土地の所有関係が、そのまま残った結果なのです。
そのため、地図を見ると
ベルギー領がオランダの中に点在し、
さらにその中にオランダ領が入り込むという、
まるでパズルのような形になりました。
一見すると不思議に見えるこの国境も、
実は長い歴史の中で積み重なった
土地の記憶がつくり出した境界線なのです。
まとめ:一本の線がつくる不思議な町
世界地図の上では、
国境はただの一本の線です。
けれどバールレでは、
その線が道路を横切り、
家の床を通り、
ときにはレストランのテーブルの横を通っていきます。
ここでは、一歩で国が変わります。
気がつけば、
コーヒーを飲んでいた国と、
デザートを食べている国が違う――
そんな経験ができる町は、
世界でもここだけかもしれません。
地図の上では厳密な国境も、
この町ではどこかのんびりと
人々の暮らしの中を通り過ぎています。
世界には、
こんな少し不思議で、
思わず笑ってしまうような場所もあるのです。

Photo: Spotter2 / Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0)
今回の旅も、
椅子に座ったままの出発でした。
それでも気がつけば、
何度も国境を越えていました。
また次も、
どこかの不思議な場所を歩いてみましょう。

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