写真:LornaMCampbell/Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0
歴史に名を残す方法といえば、偉業を成し遂げる、国を動かす、大発見をする──そんな立派なものを想像します。
ところが実際には、乾きかけの床タイルを猫が踏んだだけでも、歴史に残ることがあります。
猫としては、ただ通っただけです。
まさか数百年後に「貴重な足跡です」と、人間たちから真剣に観察されるとは思っていなかったでしょう。
地中から見つかるのは、王様の墓や豪華な宝物ばかりではありません。
商品の質に腹を立てた古代人のクレーム、書き間違えた文字、誰かに送った招待状など、「これまで残る予定ではなかったもの」も次々と発見されています。
当時の人にとっては、ただの日常。
場合によっては、できれば忘れてほしかった失敗です。
それでも土の中は、意外と口が堅いようで口が軽く、何百年、何千年もたってから、しっかり私たちに教えてくれます。
今回は、本人たちが歴史に残るとは思っていなかった、少し笑えて妙に人間らしい発見を見ていきましょう。
猫はただ、そこを歩いただけだった
昔の屋根瓦や床タイルの中には、猫の足跡がくっきり残っているものがあります。
まだ焼く前の、やわらかい粘土の上を猫が歩き、その跡ごと焼き固められたのでしょう。
スコットランドのグレンルース修道院にも、猫の足跡が残った床タイルがあります。
猫としては、建物の歴史に参加するつもりなどなく、ただ乾きかけのタイルの上を通っただけだったはずです。
タイルを作っていた職人にとっては、おそらく歓迎できる出来事ではありません。
きれいに形を整えたところへ猫が現れ、遠慮なく肉球の跡をつけていく。

写真:LornaMCampbell/Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0
本来なら失敗作として取り除かれてもおかしくありませんが、実際にはそのまま建物に使われたものもありました。
足跡があっても、床を支える役目には大きな問題がなかったのかもしれません。
職人も「まあ、歩く場所だから」と考えたのでしょうか。
その判断のおかげで、猫の足跡は何百年もの時を越えて残りました。
猫にはもちろん、歴史に名を残すつもりなどありません。
ただ、いつものようにそこを歩いただけです。
それでも現在では、その足跡から、当時の建物の周りに猫が暮らし、人の仕事場や生活空間を自由に歩いていたことまで想像できます。
立派な文字が刻まれていなくても、ひとつの肉球が昔の日常を伝えてくれるのです。
もっとも、本人ならこう言うかもしれません。
「歴史的資料ではない。通り道だっただけだ」と。
不満は粘土板に刻んででも伝えたい
猫が何も考えずに足跡を残した一方で、こちらは「どうしても言っておきたい」という
強い意志によって残りました。
古代メソポタミアの都市ウルから見つかった粘土板には、
ナンニという人物が商人エア・ナシルへ送った苦情が記されています。
その内容は、購入した銅の品質が悪いうえに、商品の受け渡しにも問題があったというもの。
およそ3800年前に書かれた、現存する最古の顧客クレームとして知られています。

写真:Zunkir/Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0
ナンニは、よほど腹を立てていたのでしょう。
わざわざ粘土板に文字を刻み、使者に持たせて商人のもとへ届けました。
しかも苦情は、単に「銅がよくなかった」で終わりません。
品質の悪い銅を渡されたことや、使いの者が粗末に扱われたことなど、
不満がきちんと並べられています。
時代は違っても、怒っている人の文章が具体的になるところは変わらないようです。
一方、苦情を受け取ったエア・ナシルは、この粘土板を捨てずに保管していました。
反省のために残したのか、あとで対応するつもりだったのか、
それとも見なかったことにして棚へ置いたのかは分かりません。
ただ、そのおかげでナンニの怒りは約3800年後まで保存されました。
本人としては商品の交換か返金を求めていたのでしょう。
まさか自分のクレームが先に世界記録になるとは、
さすがに予想していなかったはずです。
誕生日のお誘いも、約2000年後まで残りました
古代の人々が残したのは、怒りのこもったクレームばかりではありません。
イギリス北部にあったローマ軍の砦、ヴィンドランダからは、
約2000年前の誕生日の招待状が見つかっています。
招待状を送ったのは、クラウディア・セウェラという女性。
友人のスルピキア・レピディナに、自分の誕生日のお祝いへ来てほしいと書き送ったものでした。
使われているのは、紙ではなく薄い木の板です。
そこにインクで、誕生日に来てもらえれば、
より楽しい一日になるという気持ちが記されていました。

写真:Fæ/Wikimedia Commons/CC BY-SA 3.0
内容だけを見れば、現代の「今度、誕生日会をするから来てね」と、
それほど変わりません。
文章の多くは代筆されたと考えられていますが、
最後のあいさつはクラウディア本人が書いたとみられています。
そのため、この招待状は女性がラテン語で書いた文字として
最も古い例の一つとしても知られています。
クラウディアにとっては、大切な友人を招くための私的な手紙だったのでしょう。
歴史資料にするつもりも、自分の筆跡を後世へ公開するつもりもなかったはずです。
誕生日会が実際にどれほど盛り上がったのかは分かりません。
しかし、招待状だけは主役よりもずっと長生きし、
今では大英博物館に所蔵されています。
何気なく送った一通のメッセージが、
約2000年後には展示品になる。
そう考えると、昔の人も手紙を送る前に、
もう少しだけ読み返したくなったかもしれません。
失敗作は、まとめて証拠になりました
昔の職人たちも、いつも完璧なものを作っていたわけではありません。
遺跡からは、焼いている途中で変形した器や、窯の中で隣の製品とくっついてしまった焼き物が見つかることがあります。

写真:Marie-Lan Nguyen/Wikimedia Commons/CC BY 2.5
写真の品は、西暦50年から120年ごろのローマ時代に作られた粘土製のランプです。
本来は一つずつ完成するはずでしたが、焼成中に複数のランプが融合し、大きな塊になってしまいました。
窯から出てきたときには、すっかり離れられない関係です。
当時の職人にとっては、売り物にならない失敗作だったでしょう。
しかし考古学者にとって、こうした失敗作は貴重な手がかりです。
まとまって見つかれば、近くに窯や工房があった可能性が高く、変形や焼きむらから製造方法を知る助けにもなります。
完成品は商品として遠くへ運ばれますが、失敗作はその場に捨てられがちです。
そのため、きれいな完成品よりも、失敗作のほうが工房の場所を正直に教えてくれることがあります。
職人としては不本意でしょうが、約2000年後には、くっついたランプまで大英博物館に収蔵されました。
捨てた本人が知ったら、少し誇らしいような、見なかったことにしてほしいような、
複雑な気持ちになるかもしれません。
靴下にサンダル、ローマ時代から実績がありました
ヴィンドランダから見つかった手紙には、靴下、サンダル二足、下着二枚を送ったことが記されていました。
ローマ帝国の北辺にあったヴィンドランダは、寒さの厳しい土地です。
鎧や武器があっても、冷たい足元までは守れません。そこで必要だったのが、靴下とサンダルでした。

写真:The Portable Antiquities Scheme/The Trustees of the British Museum/Wikimedia Commons/CC BY-SA 2.0
ローマ時代の遺物には、サンダルの下に靴下を履いた足をかたどった柄も残されています。
「靴下にサンダル」は、約1700年前から実績のある組み合わせだったようです。
帝国の北辺を守る兵士と聞けば勇ましく感じますが、届いた荷物は靴下、サンダル、パンツ。
急に実家からの仕送り感が強くなります。
まさか、その配送記録まで約2000年後に読まれるとは、本人たちも思っていなかったでしょう。
歴史は、ときどき戦いの記録より先に、パンツの発送履歴を残してくれるのです。
歴史は、ときどき余計なものまで残してくれる
地中から見つかったものを並べてみると、そこに残っていたのは、
王の命令や大戦争の記録ばかりではありませんでした。
猫の足跡、品質の悪い銅へのクレーム、誕生日の招待状、靴下とパンツを送ったという連絡、
そして職人が捨てた失敗作。
どれも、本人たちが「これは後世へ伝えるべきだ」と考えて残したものではなかったはずです。
猫はただ歩いただけ。
客は腹が立ったので文句を書いただけ。
友人は誕生日に来てほしかっただけ。
寒い土地では、靴下と下着が必要だっただけ。
職人は、うまく焼けなかった器をそっと片づけたかっただけでしょう。
それでも、それらは何百年、何千年もの時を越えて残りました。
歴史というと、偉大な人物や立派な建物に目が向きがちです。
けれど昔の人を本当に身近に感じさせてくれるのは、こうした何気ない日常の痕跡なのかもしれません。
昔の人も怒り、誘い、寒がり、失敗し、ときどき仕事場を猫に横切られていました。
人類はずいぶん進歩しましたが、暮らしの中で起きることは、意外と変わっていないようです。
もっとも、本人たちにしてみれば、少し困る話でもあります。
まさか自分の苦情や失敗作、ましてパンツの配送記録まで、遠い未来の人々に真剣な顔で研究されるとは思っていなかったでしょう。
歴史は大切なものを残してくれます。
ただし、ときどき「そこまで残さなくてもよかったのでは」というものまで、丁寧に保存してくれるのです。
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